民裁起案の基本(事実認定のみ)
第1 訴訟物等
所有権に基づく返還請求権としての建物明渡請求権 1個
不法行為に基づく損害賠償請求権 1個
合計2個 単純併合
第2 争点
本件の争点は,XがYに対し,令和〇年〇月〇日,本件建物及びその敷地を〇円で売った(以下「本件売買契約」という。)か否かである。
第3 争点に対する判断
1 結論
XがYに対し,令和〇年〇月〇日,本件建物及びその敷地を〇円で売ったと認められる。
2 結論に至る理由
⑴ 本件売買を直接証明する証拠として,被告本人の供述が存在する。そこで,認定できる間接事実を総合して,被告本人の供述が信用できるかどうかを以下検討する。
⑵ 契約締結前の状況
ア 以下の事実が認められる。
(ア)被告は,本件建物に居住することをAに相談していた(争いがない)。
(イ)……(甲4)。
イ ……という事実は,○○というものを示す事実であり,本件売買があったことを推認させる事実である。しかし~であり,○○という事実も加味すれば,~のほうが自然であるということもできる。
⑶ 契約時の状況
ア 以下の事実が認められる。
(ア)……。
【省略】
⑺ 総合考慮
以上によれば,……という事実が認められるものの,○○という事実からすれば,上記各事実は不自然なものではない。
このような事実が認められる本件においては,被告が供述するように,本件売買があったことが推認されるのであり,被告供述は信用できる。
したがって,本件売買は認められる。
1 争点を記載する場合には,「XY間の売買」ではなく,主張整理における事実適示と同様に,「XかYに対し,令和●年●月●日,○○を代金〇円で売ったか否か。」というレベルの記載が求められる。
2 当該争点に対する当事者本人の供述証拠がある場合,実質的には第4類型の判断となる(事例考51頁)が,このような場合であっても,基本的には第3類型の記載で行えば足りる。なお,第4類型を用いる場合は,当該法律行為を行っている者が訴訟上出てこない場合(死亡している等)である。
3 判断枠組みを提示する場合には,直接証拠である類型的信用文書があるのかどうかということを先に記述し,そのうえで本件ではどのような枠組みで考えるのかを記載する。
4 民裁起案は,重要な事実を挙げ,その評価を行っていく刑事系の起案と異なり,動かし難い事実をできる限り挙げることが求められる。そのため,認定事実については簡潔に列挙し,動かし難い事実として認められるかどうかについては,かっこ書きで記載すればそれで足りる。
5 第3類型のように,「直接証拠である供述証拠がある場合」について判断するときは,問題提起が「当該供述証拠が信用できるのか」というものになるため,「当該供述証拠が信用できる。したがって,本件売買は認められる。」という流れにならなければならない。
6 「強迫」といえるのかなど,抽象的な法概念については,ある一定の事実が丸ごと認定できた場合であっても,それが法的な意味において「強迫」と認定できるかという問題が残る。その場合,当該事実認定後,法的評価の検討を行うことになるため,これを忘れないこと。
7 事実認定の構造は,「証拠→具体的事実→(経験則)→争点」という段階的な構造になっており,この構造を意識した論述が求められる。場合によっては,ある証拠が提出されなかったという事実が生じることがあるが,このような訴訟活動から,当該証拠に係る具体的事実が認められないとするのは飛躍しすぎる(証拠を紛失する可能性も否定できない。)。そのため,事実としての認定ではなく,むしろ重みづけの部分で論じることが適当ではないかを考えることもあり得る。
令状審査(勾留)の備忘録
法60条 裁判所は、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合で、左の各号の一にあたるときは、これを勾留することができる。
1 被告人が定まつた住居を有しないとき。
2 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
3 被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
法87条 勾留の理由又は勾留の必要がなくなつたときは、裁判所は、検察官、勾留されている被告人若しくはその弁護人、法定代理人、保佐人、配偶者、直系の親族若しくは兄弟姉妹の請求により、又は職権で、決定を以て勾留を取り消さなければならない。
<罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由>
=通常逮捕の要件としての犯罪の嫌疑よりも高い程度のものが要求される。
*ただし通常逮捕がされているのであれば,その時点で裁判所の心証としては罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由が認められると考えている場合が多い。そのため,現実的にはこの要件で準抗告することは厳しいと思われる。
<住所不定>
=住所や居所を有しないこと
例)野宿をしている,簡易旅館を転々としている,住所不明など
判断基準:住居不定の認定に当たっては,住居の種類,居住期間,住民登録の有無,被疑者の職業,家族関係,被疑者の意思等の事情が考慮される。
<罪証隠滅のおそれ>
=証拠に対する不正な働きかけによって,判断を誤らせたり捜査や公判を紛糾させたりするおそれがあること(抽象的な可能性では足りず,具体的な事実によって蓋然的に推測されうる場合でなければならない)
→ここでいう罪証には,「被疑事実の証拠に限られず,検察官の公訴を提起するかどうかの判断及び裁判官の刑の量定に際して参酌される事情に関する証拠」を含む。
判断要素:①罪証隠滅の対象,②罪証隠滅の態様,③罪証隠滅の余地,④罪証隠滅の主観的可能性に分けて検討する。
・罪証隠滅の対象:犯罪事実はもちろん,重要な情状事実も含まれる(覚せい剤の常習性など)。
・罪証隠滅の態様:証拠に対して不当な影響を及ぼすことであり,既存の証拠を隠滅する場合と新たな証拠を作出する場合とが考えられる。
・罪証隠滅の余地:罪証隠滅行為が客観的に可能かどうかの問題。
・罪証隠滅の主観的可能性:被疑者が具体的な罪証隠滅行為に出る可能性。客観的に罪証隠滅の余地が大きく,これを容易になし得る場合,被疑者が罪証隠滅行為に出る可能性がないとされることは少ない。
→本件事案ではどのような証拠が今後収集され,決定的な事実となり得るかという関係から,罪証隠滅のおそれを考えていくことになる。
【最決平26.11.17裁時1616号17頁】
地下鉄内で被害女子中学生に対し,右手で右太もも付近及び股間をスカートの上から触ったという事例について,「被害少女に対する現実的な働きかけの可能性もある」ことのみを理由に勾留の必要性を肯定した原決定を取り消し,「本件事案の性質に加え,本件が京都市内の中心部を走る朝の通勤通学時間帯の地下鉄車両内で発生したもので,被疑者が被害少女に接触する可能性が高いことを示すような具体的な事情がうかがわれない」として「罪証隠滅の現実的可能性」は低いとした。
<逃亡のおそれ>
=被疑者が刑事訴追や刑の執行を免れる目的で裁判所に対して所在不明になること(抽象的な可能性では足りず,高度の可能性が必要)
*被疑者が捜査機関へ不出頭の場合,当該事実やその他の事情等も相まって裁判所に対し所在不明となるおそれがあると判断できる場合が多い。
① 生活不安定のために所在不明となる可能性
:住居があるか,家族の状況,職業の有無・内容などを考慮
② 処罰を免れるため所在不明となる可能性
:罪責の軽重や前科があることなどを考慮
*2号,3号事由では被疑者の供述態度の指摘を忘れない。
<勾留の必要性>
=被疑者の身柄を拘束しなければならない積極的な必要性と,身柄の拘束によって被疑者が受ける不利益・苦痛や弊害とを比較衡量して,前者が乏しい場合や後者が著しく大きい場合には,勾留の必要性を欠くとして,勾留することは許されない。
判断要素:①事案の軽重(起訴の可能性,予想される刑の種類と重さを含む),②法60条1項各号の事由の強弱,③被疑者の年齢・職業・健康状態・家庭事情等があり,これらを総合して判断する。
*実務において,勾留請求が却下されるものの大半が「勾留の必要性なし」を理由とするものである。
<逮捕手続の審査>
・逮捕前置の要件が充足されているか
・刑訴法所定の時間制限が遵守されているか
・逮捕手続が適法か などを検討する
*以上に加えて,裁判官の勾留質問を受けること(法207条1項・61条)が必要である。
<自殺のおそれがある場合>
:自殺のおそれがあるというだけで「逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき」に該当しないということでほとんど異論はない。
⇔被疑者にないし被告人が自ら犯した犯罪のために自殺を企てるおそれがあるという場合には,それ自体が直接逃亡のおそれに当たるとは言えないとしても,逃亡するおそれがあることの重要な兆表とみることができる。
参考文献
・下津健司・江口和伸「刑事裁判実務講座――令状審査(勾留・保釈)」法教380号128頁
・山本悠揮『刑事実務基礎の定石』(弘文堂,2016)
・上口裕『刑事訴訟法[第4版]』(成文堂,2015)
・斎藤司『刑事訴訟法の思考プロセス』(日本評論社,2019)
・別冊判例タイムズ「令状に関する理論と実務1」